亜光速回転木馬を追え


「西暦2008年。ついに、地球がブラックホールに飲み込まれてしまう…。」最近インターネット等で、そんな見出しのついた記事を目にしたことはないだろうか。


いかにもB級SF映画にありがちな、面白くもない陳腐な煽り文句である。そんな安っぽいキャッチフレーズなぞ、8/30に公開された映画「20世紀少年」だけで十分だ、といいたいところだが、一体何故、こんな物騒な話題が噂されているのだろうか。それは、「大型ハドロン衝突型加速器」の稼動開始である。
大型ハドロン衝突型加速器LHC)とは、スイス・ジュネーブ郊外にフランスとの国境をまたいで設置されている、欧州原子核研究機構(CERN)が建設した世界最大の衝突型円型加速器である。山の手線一周に相当する円周27キロの加速器の中で、陽子を光速の99.9999991パーセントの速度で正面衝突させることで、これまで未発見だった粒子を検出する事が目的だ。出力は、これまで世界最高性能だった米フェルミ国立加速器研究所の「デバトロン」の七倍にあたる。かつてない高出力の加速器に、超統一理論の検証、質量の起源や、これまで謎とされていたダークマターの正体、そして第4の次元の存在を説明しうるものとして、大きな期待が寄せられている。データを蓄積し結論を出すまでには、まだまだ時間がかかるが、新たな世界の姿を模索するこの装置を、今、世界中の科学者が注目している。


ブラックホールのシミュレーション映像http://www.youtube.com/watch?v=BXzugu39pKM
さて問題は、その陽子の衝突の際に極小のブラックホールが発生する可能性があることだ。もしミニブラックホールの発生が確認されれば、その発見が第4次元の存在の証明につながるとされており、科学者達にとっては大成功といえる。しかし、もしかしたらそのブラックホールに地球が飲み込まれてしまうのではないか、という懸念が今回の騒動を掻き立てている原因のひとつであるようだ。多くの科学者は、仮にブラックホールが生成されても「ブラックホールの蒸発」によってそういった危険な事態は避けられると説明しているが、ネチズンはそんなことわかるもんかと突っぱねる。どうやらネット上ではいつものごとく堂々巡りの様である。アメリカではLHCの実験停止を求める訴訟が行われるも、却下されたらしい。
また、建設に膨大な資金がかかっていることに対する不満も聞こえる。「我々の血税が…こんなワケワカランモノなんかに…。どうせ軍事転用されるのがオチだろ。そんなお金、貧困問題に充てるか、鯉にくれるエサでも買ってやったほうが、遥かに有効活用できそうだな。」なぞと、ついついひねた考えをしてしまうが、やはり技術は大事だ。もし人類が、技術への信頼と投資を怠ってきたならば、我々は未だに石器時代同然の生活をしていることだろう。


フランスとLHCとの関わりは、領地に施設がまたがっているばかりではない。CERN自体はフランスの組織ではないが、900人近いフランス人科学者が研究に参加している。これは、イタリアに次いで世界で二番目に多い。日本はCERNに参加こそしていないものの、同じく大型の衝突型円形加速器を持つ国である。東京に近い実験施設ならば、筑波の高エネルギー研究所の「KEKB」がある。そして、一見すると無機質に見える技術も、それの実現が、驚くほど多くの人的な信頼によって支えていることを忘れてはならない。そして次代の科学者の育成のための研究・教育機関の整備や研究成果の交換、留学など、やはり人ありき、教育ありき、そして交流ありきである。共に、科学の地平を切り開き、宇宙の深淵を探る道すがら、仲良くやっていきたいものだ。


LHCの最初の衝突実験は、本日、9月10日と予定されている。今日が地球最後の日となってしまうのか、ご自身の目で確かめていただきたい。

LHC画像ページ http://www.boston.com/bigpicture/2008/08/the_large_hadron_collider.html


などと考えながら、今日は映画館に足を運んできました。じつはかなり前から、公開を楽しみにしていたんですよ。
ちゅうか、主人公ちょーカッコよかったな。ウソみたいなド迫力、それでもまったく不自然に見えないVFX映像技術は、まさに圧巻でした。
そしてラストは、手に汗を握るようアクションの連続、感動の結末はぜひ劇場で。
え?「ともだち」の正体? いえいえ、「ハンコック」の話です。



小林